ナツタビ2009(2) |
続いての路線は只見線である。『旅と鉄道』で記事を読んで以来,一度乗ってみたいと思っていた路線だ。そうであると共に本日最大の鬼門。 入線した車両に乗り込んだ乗客はすぐさま窓を開け始めた。何とはなしに天井を見上げると…通風器と扇風機しかない!非冷房車だなんて!!デッキに立っている人はウチワをあおいでいる。それでもって「楽しい旅行はJR東日本で」という表示,冗談がお上手で。 車両はとても大事にされているらしく、窓の桟には変な彫り物が一切ない。座席はアンツーカーのような色をしたモケットのクロスシートが並んでいる。出すような企業がないのか,広告はJRのものしかない。それだけにひどくスッキリした印象を受ける。 |
会津高田で高校生が一気に降りる。車内が途端に閑散とする点は全国共通である。 田圃の中の根岸に到着。209もEF210もタキもいない。そればかりかホームは舗装すらされていない。列車は至ってゆっくり走る。道理で150km弱の距離で4時間以上もかかる訳だ。 |
会津宮下で10分の停車。駅前には農協や個人商店がポツポツとあった。 かっては比較的大きな規模を持つ駅だったらしく,下りホームの後ろ側には側線が夏草に埋もれていた。会津若松方のホームエンドからは転車台らしき遺構を見ることが出来た。配置されている係員はJR東日本の社員。普通は業務委託とするのだろうが,通票の取り扱いの必要があるためであろう。 |
半順光の状況下で撮影。共に撮影していた親子も小出まで乗り通すのだろう。筆者の場合親はおろか親族にもこの世界の人間はいない。では何故この世界に足を踏み入れてしまったのかといえば…話が少し長くなるのでまたの機会にする。(只の「つなぎ」じゃないだろうな…) |
列車は只見川に沿ってゆっくりと走る。その速度は30km/hほど。道理で150km弱の距離で4時間以上もかかる訳だ。この広葉樹林の茂る山々は,秋にもなると燃えるような紅葉色に染まるのだろう。某誌に載っていた「紅葉の美しい鉄道路線ベストテン」第一位に輝く理由も分からないでもない。 |
会津中川は只見川の川岸の駅。旅と鉄道にもこの駅,そしてこの構図の写真が掲載されていた。 また,筆者と同じ構図で撮影する人も幾人か見られた。流石同じ世界の人間,考えることは同じである。ここで6分の停車。駅舎は見損ねた。 会津中川から先はホームも短くなり、2両編成の後ろ側はドアカットされてしまう。列車は日に三往復。しかしどうだ、集落には独特な形状を持った家が並び人の動きだって目にすることができる。しかも駅の待合室は非常に美しい。何か日本が忘れてきたものがここにはあるようだ。 幟に書かれていたキャッチフレーズ「まだあったんです。極上の日本が。」が大いに納得できる。 |
只見で14分間の停車。 路線名を冠しているくらいだ、そこそこの規模はあるに違いないと思えば1面2線の島式ホームに平屋建てのコンクリ駅舎、それに加えて草茫々の側線が何本もあるという具合。客を乗せたらしい温泉旅館のワゴンが去ると,駅前にはタクシーが1台ポツンと侘しく取り残された。 |
只見の次は臨時の田子倉。トンネルに入ったは良いのだが、5分経ってもまるで抜ける様子がない。「どーなってんの!」と思った瞬間に光が射した。駅はスノーシェードの中にあり冬の期間は列車が停まらない。大荷物を背負った人が降りていった。登山口なのか、そうとすれば冬の期間の営業がない理由も解る。 ちらりと見えた「この付近でFOMAが使えます。」の表示が何とも可笑しかった。 ちなみに筆者のauは乗車中ほとんど「圏外」表示だ。 |
列車は新潟県に入った。 しかし大抵の県境がそうであるように、車窓には並行する国道252号と目の覚めるような緑、曇り空しかない。「さながら大糸北線のようだ。」と思ってたらいきなりカメラの砲列に迎えられる。女性も混ざっていた。こんな所までやって来るのだから相当濃い人である。 入広瀬が近付き視界が開けてくる。相当の豪雪地帯なのか、住宅はコンクリの車庫を造ったその上に住居スペースを設けている。役場も学校も農協も郵便局も同じように床の位置が高い。 そのくらい降るとすると、冬ともなれば車体が半分埋もれた状態で走るということにならないか。 これは一つ、冬に訪れてみるしかない。 |
「ご乗車ありがとうございました。まもなく終点小出に到着です―」そんな放送が流れるが行く手には鉄橋と雑木林しか見えない。「本当に駅があるのか?」と疑った先に小出はあった。会津若松を13:08に出て4時間半,この長そうで短い時間にかつての日本の姿を見た気がした。 |
ナツタビ2009(3) いい日旅立ち |