ナツタビ2010(9)-第3部-富士山麓乗り鉄記 青春18きっぷ(以下アオハル)が1回分余っていたので「どう使おうか」と何とはなしに時刻表を眺めていると、何故か静岡の方の路線図に目が行った。どうも今夏は北関東の路線ばかり乗っているので、ひとつ南へ行ってみるのも良いだろう。 |
東海道本線に乗る為に東京に出る。上野に出て山手線に乗るという至極当たり前なルートを取ったのだが、上野駅での民族移動とでも言えよう乗り換えには驚いた。東京方面に向かう人が圧倒的に多いのだ。これなら東京まで直通させようという動きが出て来て当然だ。 東京で平塚行きの列車に乗り換える。東京-横浜間の需要だってそこそこあるだろうし混むだろうな、と思っていたが意外にも目立った混雑はなかった。川崎で空席が出たので座る。横浜に着くと更に客は減って、藤沢発車時点で座席が半分も埋まらぬ状態になった。 |
茅ヶ崎で下車。後続の小田原行きに乗り換える。その4分の間にちゃっかり駅スタンプを押していたりする。平塚を過ぎれば車窓は緑が濃くなって来て、大磯を出ると松林や海が見えるようになって来た。鴨宮で下車。駅を出たところに新幹線発祥の地というモニュメントがあり,トンネルから飛び出してくる0系がデザインされている。ここ鴨宮は東海道新幹線のモデル線があったところで,駅の800m.ほど熱海寄りにかつて車庫があった。その車庫は現在JR東海の保線区として利用されている。駅スタンプがあるというので押してみるとやはり0系だった。状態は良くないのだが押せて良かった。 |
熱海に到着。スタンプを押し、島田行きの列車に乗り込む。ここから先はJR東海の管轄。211系と313系による6両編成だ。折角の東海区間なのだし、とここは後者に乗って行くことにする。どうせ両方ともロングシートということもある。列車は空席を2、3残して発車、すぐに長いトンネルに入った。 三島で10人程が入れ替わる。ところで乗車促進音って2500番台にもついているのね。 沼津で乗務員交代。笛の吹き方がサッカーの審判のようである。乗降終了というより試合終了という感じ。静岡支社独特の吹き方なのだろうか。 |
吉原にて下車。ここから岳南鉄道に乗車する。一旦駅を出て200m.ほど歩いたところに駅はあった。中に入るとJRとの連絡改札が目に入ったが係員は居ない為アオハルでは通り抜けることができなかっただろう。普通乗車券を購入するとお約束通り硬券が出て来た。土祝日はフリー乗車券を販売しているが、この日は平日である。 |
ホームではED402が昼寝中。今回岳南鉄道に来た目的が早速果たされることとなった。どういうことかと言えばこのED40型電気機関車、かつて松本電鉄で活躍していた車輛なのである。昭和30年代の梓川上流のダム建設輸送に活躍し、ダム建設終了の後に岳南鉄道にやって来た。元々他の私鉄へ転職できるように設計されていたらしく,松電時代と然程変化はないそうだ。現存する松電唯一のオリジナル車輛でもある。 |
7000型がやって来た。元京王帝都電鉄3000系である。1Mとなっていることやライトの形状が異なっている為、他の譲渡車に比べると大分印象が異なる。運転台を見ると2ハンドル。松電のワンハンドルを見てきた身にこれは寧ろ新鮮である。注目すべきは運賃箱兼両替機の場所だ。運転室に対して垂直に設置されており、座っている目の前にそれがあるという状態。座席も車内目一杯に設置されていて,座っていながら前面展望が楽しめるという車輛。 |
ナツタビ2010(10) 旅行記 |