落日,こうして旅は終わる
夕暮れる.
直江津から,1分乗り換えをして,信越本線へ.
私の楽しみにしていた189長野車使用の妙高10号の筈でしたが...
まぁ,まずはシートをご覧下さい.
その道の方なら,「おおっ!」と思わず言う(程でもないか...)

走行音を録ろうとデッキへ移動,乗車率が乗車率だったが故,
満足なロケとなる筈が...「何ですか,この,蒸し暑さは」
駅間が短かったのが幸運だったけども,もし5分や7分走られたら,
多分,俺,倒れていたな...「鉄道オ○ク,デッキで倒れる―電車の‘音’録音中に―」
なんていう見出しが頭をよぎりますた.
山や山の中を走ったかと思えば,三才に着く頃にはもう,光がちらほら.
長ナノこと,長野車両センターをウオッチングし,East-Dや,廃回されてきたサハ211
今年度中の廃車が噂される14系客車浪漫,キハ110にお馴染み115,383の面々が..
長野到着,
長野車ならば,グリーンとブルーのモケット,でも,これは大分違う.
このアングルにすれば,思い出す人もいるのかすら?
長野に到着.
いくら,私のような鈍感人間でも,この写真を見れば気付く筈.
国鉄色!特急マーク!
編成番号はOM102,「え,何処の編成」と手掛かりを求め車輛ウオッチング,
妻面中心に見ていくと...宮オオ...大宮車ですた.
東大宮を出て,一寸走ると見えてくる,あのヤードが住処,
もしかしたら遠目で見ていた183の1編成なのか?
(でもアソコ,たまに千マリ車入区してるし..八トタ車も見かけるし...).

後々情報によりますと,甲子園臨で西の方に出かけた102/103編成の
代走なのだそうな.
長野に帰ってきた,と有無を言わせず(こんな使い方か?)実感させる
115系はN6編成.時間も時間で,車内は空席だらけ.

一行共通の楽しみは,姨捨付近からの夜景.稲荷山を出たところで,
見る見るうちに坂を駆け上り,気が付けば眼下には善光寺平.
スイッチバックにはもう慣れた,姨捨にてこちらの一枚.
うっかり乗り遅れると,帰宅できない羽目になり兼ねないので窓を開けての撮影.
柵があったり,電線があったりでかなり無理矢理な撮影.
「只今,雨のため,中央東線の岡谷〜下諏訪間で運転見合わせを行っております」
耳を疑う放送をハッキリと聞いたのは,南松本の辺りだったか.
そして「次の塩尻でしばらく停車を致します」のアナウンスが聞こえたのは,
広丘を出た頃.
「西線は大丈夫か?」と思いつつ,降りてみると別に変わった様子もなし.
「良かった」と思う反面,輝龍さんうぃくしんさんには,申し訳ないと思いつつ,5番線へ.
本日のラストランナー,313.
「ブサイク」と一蹴するこの太田ですが,帰宅の役と思うと,何だか郷愁誘う車輛に.
お二方が無事に帰ることを祈りつつ,普段なら見る筈もない,1番線の115を見送り,
たった一人,ボックスを陣取って,残しておいた105円の高級を味わいつつ,
時折睡魔に囁かれつつ,予定通り住処,Yへと戻ったのは10時過ぎ.

大糸線完乗に,満員のキハ,食パンから見た青き海,デカメ,生まれ変わった富山港線
の明日への希望,想定外の183系大宮車に,姨捨からの眺め,
いつもながら様々なことを思い,感じたこの旅.私に限っては幸運にもトラブルに
巻き込まれることなく,無事に済んだことは,何よりの喜び(あの後,二人は2時間待たさ
れたそうだが)しかし,それ以上に嬉しかったのは,また一つ,この3人とのmemoryが
増えたこと.毎度毎度迷惑かけっ放しの私のために.これはただ,感謝するのみです.

この旅の全てに,ささげる言葉,それは.

END

長らくのご乗車お疲れ様でした.終点,ページENDです.
いい日旅立ち