信州中野を出た列車は、それまでの特急から普通、各駅停車の列車となった。
ここから終点までは44‰という急坂が続く
坂を上ると共にりんごの木も増えてくる、収穫は間近だ。



上条を出ると、列車は最後の急坂を上り始めた。
車体が酷く揺れる、その割には軋む音はない、46年走り続けてきたこの車両の面子と言おうか。
そんな時、放送が入った。地方私鉄に多い女性の音声である。
「―電車は到着後、ポイント切り替えの為、一度下がります。そのままお待ち下さい」
湯田中名物、スイッチバックの予告ともとれよう。自動放送の後に、車掌が改めて放送を入れる。
これもサービスなのであろうか、少々恥ずかしくなった。
まもなく,終点,湯田中である。



扉の開く前々からかすかに聞こえては曲は山之内音頭。
列車到着の度にランダムで懐メロが流れるそうだ.それにしても,一体これはいつの歌で歌手は誰なのか.


昭和ヒトケタ生まれの駅舎、時間も時間で駅前に人は少なく、
タクシーも駅前車庫でお昼ね状態であった。


踏み切りを渡り、旧湯田中駅舎を撮影する。
長野県の何たら文化財に指定された由緒正しき建物である。建ったのは大正だったか。
現在は町営の入浴施設の休憩所として利用されている。




駅に戻る、懐メロは流れっ放しだ。
改札の上に暖簾がかかっていた。欲しがるファンも多いという、インテリアに良いかも知れない。


長野方の線路配置を見る。中央が本線、手前が番線である。




そして、発車時刻が迫ってきた。とは言っても走ってくる客はなく、
数人トコトコとやって来るだけで、いかにも平日の地方私鉄の趣があった。

そうこうしているうちに列車は発車、先程と同様一回踏み切りに頭を突っ込んでから
本線へと戻り急坂を下り始めた。




夜間瀬にて
「夜間瀬」と書いて、「よませ」と「読ませ」るらしい、放送を聞いた時は「山瀬」だと勘違いをしていた。
しかし、姨捨、冠着に並んで謎の残る駅名である。

須坂にて下車、普通列車に乗り換える。



向かうのは朝陽駅である。

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いい日旅立ち